原書のタイトルはこちら
Corruptible: Who Gets Power and How It Changes Us
堕落しやすい人:権力を握るのは誰か、その権力は私たちをどのように変えるのか。
直訳すると上のような意味になるかと思いますが、日本語タイトルにあるような”悪人”という言葉は、本書内では登場してきません。本書の内容は英語のサブタイトルにある、”誰が権力を手にし、その権力が人をどのようにかえるのか”の疑問に答えようとしています。
そこで4つの仮説をもとに話を進めています。
1.権力を握ると人は悪質になるのか。
2.権力が腐敗するのではなく、より悪質な人が権力に引き付けられるのではないか?
3.問題は権力を握っている人や権力を追い求める人にあるのではなく、私たちが不適当な理由から不適当なリーダーに引き寄せられ、彼らに権力を委ねてしまうのではないか?
4.すべては制度次第なので、権力の座にある人間に注目するのは間違っている。
タイトル云々はともかく、こちらの本は、私たちがリーダーを求めたり、リーダーになりたかったり、社長、部長、課長など、どこへいってもそういった階級制が一般になった人間社会に視点をあてた、人間の織り成す行動に注目した内容になっております。
ここでも注目されるダークトライアド
昨今のいくつかの学問が、進化心理学、人類学、心理学等を横断しはじめ、盤石な基礎を構築しようという流れがあるように感じます。一昔前までは、サイコパシーもマキャベリズム、ナルシシズムも個別の特性として研究され、パーソナリティー特性のような曖昧なカテゴリー内でとどまっていたように思います。
現在ではこられ三つの特性は併存して人に内在しており、ダークトライアドと呼ばれるようになりました。そして、それがどのように表に出ているかによって人を特徴づけることができるようになっているといいます。いくつかの具体的質問の回答を基に臨床する方法から、ビッグファイブ性格特性から派生したパーソナリティのHEXACOモデル等では、いつかの簡単な質問の回答群から性格の特徴を導きだせるようになっています。ダークトライアドに視点を向ければ、H因子の低さが目立つようで、そこから彼らが好む行動や会話内容のいくつかわかってきてます。それらを私たちが目にすることで警戒や距離をとることができるまでになっています。(あくまでH因子の低い人物に気が付く方法であり、対処の方法ではありません)
本書は権力など政治的な関心がなくても、特に組織に所属するビジネスパーソンに、もし「ダークトライアド?なにそれ?」と思う方がいたら、まず自分の身の安全を守る防衛に役立つことになるでしょうし、組織の仲間を守ることにもつながることでしょう。
第10章からは、”権力を握った後も善良であり続けるようにするにはどうすればいいか”、10個のレッスンを教えてくれています。
人類と階級制
なぜここまで権力に人の興味が引き寄せられるのでしょうか。まず人類史の話が始まります。
本書にはそこに一つの答えが説かれています。大規模な社会では階級制が手放せないと。
平らな社会は、人間に大きな制約を課す。小さな協力的集団で生きるか、それとも階級制を受け入れるしか、私たちには選択肢がない。だから、権力と地位はしっかりと定着しているのだ。
『なぜ悪人が上に立つのか』 ブライアン・クラース 東洋経済新報社 p56
外集団に脅威を感じにくい状況下では、内集団に目が行きがちです。身近に目にしているのが同じ社会に住む共同体の隣人だからでしょう。内集団は外集団よりも自分たちに似ているわけですが、よくよく見てみると、似た姿でも理解に苦しむ隣人もいます。見た目から脅威であるとすぐわかる外集団よりも、見分けが分からない似た姿の異常な隣人に注目してしまうのはもっともなことなのかもしれません。
この隠れた隣人に対する不安は募るばかりなのが現代の特徴なのかもしれません。殺人などの発生件数は減り続けているにもかかわらず、個人情報の取扱いは年々ナーバスになり続けています。内集団の共同体の隣人に、自分の個人情報が知られることに脅威と感じる時代に突入しているようです。確かにテクノロジーの発展により新たな犯罪に利用される面も増え、さらにその対処に追い付いていない現状もあります。ただし問題はそれだけではないようです。社会学の方面では、他人のまなざしへの恐れやアイデンティティの問題へ深堀されてもいる問題群であり、その根は実は深いのかもしれません。
しかしもっと単純には、SNSなどを通して、一定数の”ヤバい奴”が社会の内部に存在しているという実感、動画などの映像で目に見える形での実感を人々が持ち始めてきている点も大きいように思います。煽り運転の動画にもあるように、再生数も多く、批判のコメントもたくさんつくように、相対的にわずかな数の問題であっても、人々に与える影響のインパクトが大きく感じます。刑法で裁かれるような大きな問題ではないけれども、何かが狂っていると、実感して認知され始めているのでしょう。この直観でわかる”ヤバい奴”のいった何が”ヤバい”のかうまく言語化できていないのが今の現状なのではないでしょうか。

最近話題になりました、野球部の暴力事件。体罰、人格否定、理不尽ルール…部活動の異常な「しごき」。昔からそういうものだったという、非常に曖昧な領域で黙殺される暴力。改めて見つめると違和感に蓋をしてきた場面が多々あるのだと思います。問題は何の意味をなさない理不尽な暴力やいじめなどの事態が発生してしまう温床があることであり、そこに引き付けられる人物が一定数いるとうこと、そしてそれを見て、真似てしまうことなのだと思います。
先ほどのブライアン・クラースの話に戻れば、私たちは階級制を受け入れている社会で生きています。監督、先輩、後輩、新入部員等。まぎれもない階級の現れでしょう。部活動はこれから待ち受ける社会の一員になるべく、疑似的な練習の役目もあったかもしれません。
私たちの種ホモ・サピエンスの30万年の歴史を1年に圧縮してみれば、私たちは元日からクリスマス頃まで、ほとんど、非階級制の平な社会で暮らしてきたことになる。最後の6日間の間に階級制が標準になり、複雑な文明がこの惑星に根を張る。そのときにようやく、支配と専制政治が私たちの特徴となった。私たちの現代社会こそが例外なのだ。
『なぜ悪人が上に立つのか』 ブライアン・クラース 東洋経済新報社 p38
本書では、そのような社会は、人類が辿ってきた歴史からみれば、つい最近の出来事であり、私たちの脳はまだその制度に慣れていないことを知らせてくれます。
戦争と農業
ブライアン・クラースによれば、人類の階級制を発展させた要因が二つあると言います。一つは、私たちホモ・サピエンスはその肩の特殊な進化により、他の類人猿とは劇的な進路を変えるに至ったといいます。それはこの肩をつかった、投擲や槍などの遠距離武器の発達であったと。
もう一つが農業革命により食料の確保と余剰が生まれたことだといいます。戦争と農業が複雑な階級社会を生み出すうえで重要な役割を果たしたと考えられています。
この唐突な変化については、シャレド・ダイヤモンドが『銃・病原菌・鉄』で広めた考え方が定説になっている。それは、次のような説明だ。農業のおかげで、余剰の食糧を手に入れやすくなった。行き渡る食料が増えると、それを溜め込む人が出てきた。そうした余剰のせいで、不平等が可能になった。また、より大きな人口集団を支えることもできるようになった。なぜなら、エンドウ豆の栽培はガゼルを狩っていたときには不可能だったようなかたちで拡大できたからだ。余剰と人口が増えるにつれ、社会はより複雑になり、階級制を強めた。そして、余剰と階級制が、いっそうの争いを招いた。急速に変化する体制の中で、個人も集団も、優位性を確立しようと戦ったからだ。
『なぜ悪人が上に立つのか』 ブライアン・クラース 東洋経済新報社 p52
権力は争いを生むので、暴力が増えた。
狩猟採集社会では2%だった殺人発生率が、前11世紀以降~中世頃までには10%まで上昇しているという。しかし、現代国家は、最も階級制の強い社会構造をもっていると同時に、殺人発生率でも最も安全といえる。
階級制と権力は諸刃の剣である。協力とコミュニティーの存続を促進するためにも、人を搾取したり殺したりするためにも使うことができる手段を提供する。
ブライアン・クラースは問う。
私たちが階級制を手放せないのだとしたら、なぜそれらの人のじつに多くが悪辣なのか?
目次
第1章 序--権力はなぜ腐敗するのか?
第2章 権力の進化史
第3章 権力に引き寄せられる人たち
第4章 権力を与えられがちな人たち
第5章 なぜサイコパスが権力を握るのか?
第6章 悪いのは制度か、それとも人か?
第7章 権力が腐敗するように見える理由
第8章 権力は現に腐敗する
第9章 権力や地位は健康や寿命に影響を与える
第10章 腐敗しない人を権力者にする
第11章 権力に伴う責任の重みを自覚させる
第12章 権力者に監視の目を意識させる
第13章 模範的な指導者を権力の座に就けるために
第3章 権力に引き寄せられる人たち
第3章 権力に引き寄せられる人たち
権力には一つの特徴がある。
権力はひたすら他者を支配したがる人々を引き付ける傾向がり、必ず自己選択バイアスが伴う。
この傾向を認識することで、採用や昇進の仕組みを変え、権力を探し求めないけれども、権力を効果的に振るうだろう人を引きつけるようにすることができる。
第4章 権力を与えられがちな人たち
第4章 権力を与えられがちな人たち
それは私たちの脳に原因があった。
石器時代の脳は強そうな男性をリーダーに選びがち。私たちの脳の進化が制度に追い付かない脳のミスマッチの発見。
背の高さへの偏好。童顔を軟弱と判断する脳。権力を得るうえで、童顔が有利か不利かは人種次第。
大昔らかの偏見と、学習された偏見により、権力を与えられがちな人の傾向が見つかっている。
第5章 なぜサイコパスが権力を握るのか?
第5章 なぜサイコパスが権力を握るのか?
刑務所行となったサイコパスはしくじった人々である。彼らは自分の正体を隠し通すのに欠かせない自制心を持ち合わせていなかったからだ。
巧みに溶け込むことのできるサイコパスは大勢いる。うまくやってのけたサイコパスは、役員室におさまっている。彼らは表面的な魅力とカリスマを目立たせる天才である。私たちの雇用の仕方のせいで、ダークトライアドが不相応なまでに報われてしまう。
自信過剰を評価してしまう私たちの脳。これも進化のミスマッチの一つ。
自信過剰になるという、過去には適応的だった行動は、私たちの暮らす世界がかわってしまったために、今や「非適応的」だ。それにもかかわらず、自信過剰が相変わらず蔓延している。キャメロン。アンダーソン教授とセバスチャン・ブライオン教授が一連の調査を行うと、実験で編成した集団の中では、無能でも自信過剰な人々が素早く社会的な地位を獲得することがわかった。能力が簡単に測定でき、誰の目にも明らかなときにさえ、自信過剰な人は他の人々から実際以上に有能だと認識された。この点では、私たちはミーアキャットに少し似過ぎている。
『なぜ悪人が上に立つのか』 ブライアン・クラース 東洋経済新報社 p160
第10章からは現実的な対処法を提案している。
腐敗しやすい人は権力に引き付けられる。彼らは権力を手にするのが得意であることが多い。私たち人間は、石器時代の脳と直結した不合理な理由から、不適格な指導者に引きつけられて従う。劣悪な制度が何もかもをいっそう悪くする。
『なぜ悪人が上に立つのか』 ブライアン・クラース 東洋経済新報社 p224
10個のレッスンにより、この最悪の事態の回避方法を教えてくれています。
レッスン1:腐敗しない人を積極的に勧誘し、腐敗しやすい人を篩い落とす
レッスン2:籤引き制と影の統治を利用して監督する
レッスン3:人事異動をして権力の濫用減らす
レッスン4:結果だけでなく、意思決定のプロセスも監査する
レッスン5:責任を頻繁にしっかりと思い出させる仕組みを作る
レッスン6:権力を握っている人に、人々を抽象的なもののように考えさせない
レッスン7:人は監視されていると善良になる
レッスン8:支配される側ではなく支配する側に焦点を合わせて監視する
レッスン9:ランダム性を利用して抑止力を最大化しつつ、プライバシーの侵害を最小化する
レッスン10:高潔な救済者の出現を待つのをやめる。代わりに、彼らを生み出す
ブライアン・クラースは最後に私たちに明るい言葉を残しています。
もっと良い方法はある。そして、もっと良い世の中にすることは可能だ。
『なぜ悪人が上に立つのか』 ブライアン・クラース 東洋経済新報社 p370
ぜひ手に取って読んでみてください。
哲学堂書店 浦山幹生
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