コーチという言葉はスポーツの世界でよく聞きますが、ビジネスの世界や人生においてのコーチとはあまり日本では馴染みがないように思います。
海外では経営者にプロのコーチが付いている場合が少なくないようですね。
コーチングとは何でしょうか?
最近 『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス の本をがっつり読みました。感想というか勉強した内容を記しておきたいと思います。
コーチつまりは誰かを支援するとはどういうことなのでしょうか?
それは、誰かを支援したいと思うとき、支援者としての主要な役割は、相手が自分で学び自力で成長できるように手を貸すことであるといいます。
冒頭から少し注意点が書かれています。
重要なのは、あなたを支援してくれる人と、支援しようとはするが結局はできない人を明確に区別することである。後者はあなたを希望で満たすどころか、気力を挫いたり、無力感を植えつけたり、自分の都合のいい枠にあなたを押し込めたりする。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p53
これは、あなたに近づき友達のように接してくるが、自己顕示欲を満たすための駒として利用されてしまうことを指しているのでしょう。フレネミーと呼ばれる言葉がありますが、支援してくれそうな人を見誤れば全く違う道に向かってしまうことになる、そういった危うさを忠告してくれているように思います。
ただし、この本はコーチングされる側の話ではなく、コーチする側に向けて書かれています。どのように相手を支援するとよいのか?そういった疑問に対してあらゆる研究結果から理論的に話が進められていきます。
コーチングには大まかに二つの方法がある
支援するということ、コーチングには大まかに二つの方法があるようです。
・誘導型コーチング
・思いやりコーチング。
私たちの研究が示すところによれば、変化を持続させるためには、それが外から押し付けられたものではなく、自分の意思によるものであること、自分の内側にモチベーションがあることが重要になる。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p25
さらに、そこで重要になるキーワードがありました。
・ポジティブな感情を誘引する因子(Positive Emotional Attactor)
・ネガティブな感情を誘引する因子(Negative Emotional Attactor)
この二つの因子の存在があると。
PEA ポジティブな感情を誘引する因子
Positive Emotional Attactor
PEAはポジティブで希望に満ちた感情の高まりにより、副交感神経の覚醒(活性化)とともに生じる。
ポジティブな問いかけをすることで、副交感神経系のホルモンを分泌する脳の部位を活性化させることができる。
脳神経科学においては、PEAが呼び起こされたとき、共感ネットワーク(Empathic Network)が活性化している。さらに副交感神経と連動しているとこが確認される。
NEA ネガティブな感情を誘引する因子
Negative Emotional Attactor
NEAは防衛反応や不安だったりするときのネガティブな感情の高まりにより、交感神経の覚醒(活性化)とともに生じる。
ネガティブな問いかけや防衛反応を引き起こす問いかけは、交感神経系のホルモン(ストレスホルモン)を分泌する脳の部位を活性化させることになる。
脳神経科学においては、NEAが呼び起こされたとき、問題解決ネットワーク(Analytic Network)が活性化している。さらに交感神経と連動しているとこが確認される。
PEAとNEAの関係
しかしながら交感神経とニューロンネットワークはつねにこの組み合わせで連動するとはかぎらないようです。状況により問題解決を必要とするのか、それとも共感などの感情を必要とするのかでよって変わってしまいます。同様に副交感神経に刺激を受けたとしても、両方のネットワークが活性化しうるようです。ただし、特定の連携が見受けられるようです。
それが、ポジティブな感情を誘発し、副交感神経と共感ネットワークを刺激することによって、他者にPEAを呼び起こすという連携パターンの存在です。
PEA=共感ネットワーク+副交感神経+ポジティブな感情
NEA=問題解決ネットワーク+交感神経+ネガティブな感情
アンソニー・ジャックの研究がくり返し示してきたとおり、コーチが理解しておくべき重要事項は、2つのネットワークがほとんど重ならず、「対立する」点である。つまり、この2つは抑制しあうのだ。問題解決ネットワークがなんらかの理由によって活性化すれば、少なくともその特定の瞬間には、共感ネットワークが抑制される。その反対でも同じことが言える。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p138
※詳しくはこちらをご覧ください。オンライン公開されている論文
When fixing problems kills personal development: fMRI reveals conflict between Real and Ideal selves
誘導型コーチングはあまり上手くいかない
その結果、誘導型コーチングはあまり上手くいかないようです。
人はたいてい、変化を望んだときに望んだ方法で行動を変える。何を変えるか、いかに変えるかについて自分の内側に強い願望がなければ、目に見える変化は長くは続かないものだ。私たちはそうした事例を何度も見てきた。マネージャーが、会社の期待に沿った行動をするように従業員をコーチするケース。スポーツの監督が、もっと筋トレや動画研究に取り組んでチームに貢献するようにと選手をコーチするケース。健康のために生活習慣を変えるべきだと患者をコーチする医師も、クライアントのスキルセットや職歴だけを基準に特定の職種を勧めるキャリアコーチも同じだった。
こうした事例に共通するのは、コーチが自分の経験や専門や権限にもとづいて、相手が何をすべきか、いかにすべきかを指導するのがコーチングであると思っている点だ。このタイプの「誘導型のコーチング」が持続的な行動変容につながることはあまりない。従業員個人の行動変容に頼った組織改革プロジェクトクトがおよそ60~70パーセントの割合で失敗に終わっている点だけを見てもわかる。あるいは、慢性疾患を抱える患者の50パーセント近くが所定の治療計画に従うことができずにいる事実をみてもいい。変わるべきであるとか、変わる必要があるなどと人に言われるのは、私たちが長期的に行動を変化させるための効果的な助けにはならないのだ。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p58
誘導型のコーチングの場合、たとえそれが善意にもとづいたものであっても、コーチは対象者から防衛的な反応を引き出すことが多い。これはストレス反応に近いもので、ネガティブな感情や、交感神経系の活性化を伴い、学習や変化を遮断するいくつものホルモンの作用の引き金となる。人はこの時点でNEAのゾーンに押しやられる。・・・こういうときに人はサバイバルモードになる。新しいアイディアを受け入れる能力や想像力が大幅に減少し、行動変容を起こしたり、それを継続したりできる確率が非常に低くなる。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p81
誘導型コーチングはNEAを誘発する傾向があり、思いやりコーチングはPEAを上手く利用し、持続する望ましい変化を呼び起こします。
ただし、NEAがダメだというわけではなく、成長にはNEAとPEAの両方が必要になるというのが面白いところです。効果的な順序でこれらの因子が関わり合うことで、人は自分で学び自力で成長できるようになっていくそうです。
しかしながら、コーチングは単純ではないのが現実です。
コーチをはじめ、他者を支援しようとする人なら誰でも、まず自分がインスピレーションを受けていなければならない。自分自身のモチベーションや感情を自覚していなければ、有益なやり方で他者と本物のつながりを築くことはできない。つまり、コーチは教師でも、親でも、医師でも、看護師でも、聖職者でも、プロのエグゼクティブコーチでも、自身の感情を理解し、自身のパーソナルビジョンへの展望を持っておく必要がある。それが支援する人とされる人のあいだにできる、真の人間関係のための基礎となる。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p26
ボヤツィスの意図的変革理論
持続する望ましい行動変容を起こすには、5つの「発見」が必要になるようです。
- 理想の自分
- 現実の自分
- 学習アジェンダ
- 新しい行動の実験と実践
- 共鳴する関係と社会的アイデンティティ
①支援しようとする相手の「理想の自分」を探索しみきわめること。「どういう人間になりたいのか」「人生をどのように生きたいのか」といった問に答えを出す。
②現実の自分とは自分で見た姿だけでなく、他人から見た自分を考慮に入れる必要があることを対象者に気づかせるのもコーチがすべきことの一つ。対象者は、自分の意図とは無関係な他人の見方を知る必要がある。
③対象者の強みを再確認し、理想とのギャップを埋めるためにその強みを活用できないか考えるよう促す。思想の自分に近づくのを手伝うなかで、対象者が何をするときに一番高揚するかを考える。
④たとえ意図した結果につながらなくても、新しい行動の実験を続けるよう奨励する。何か期待どおりにならないことがあったとしても、もう一度やってみるか、べつのことを試すように働きかける。
⑤大きな行動の変化はときに困難を伴うものだが、孤立した状態ではさらに難しい。変化への努力は「共鳴する関係」、人と人との本物のつながりがあってこそ成功する。
もっともはじめに重要なことは、パーソナルビジョンを表現するところ。夢・情熱など理想の自分や理想の将来を総合的に表現する必要があり、核となる価値観や目的意識を言語化するなり意識することが重要なことです。それは仕事に関係する事柄よりもスケールが大きいな将来のビジョンです。
多くの人にとって、コーチングや将来のビジョンというと、おもに仕事やキャリアが頭に浮かぶようだが、私たちがいままに話を聞いてきた勇気ある好奇心の強い人々の例からは、仕事が人生のほんの一部でしかないことがはっきりわかる。職業生活はもちろん楽しみや満足の源ではあるが、仕事以外の活動のなかに深い目的や意義を見だせることも少なくない。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p192
コーチが職業活動の中で求められているように、何か会社のための成果に向けて、いち従業員がビシバシとムチを叩かれているイメージがありますが、コーチを雇う会社が求める成果は、その従業員の人生の中のほんの途中経過にすぎない、そういったイメージと考えるのが、結果としては、会社にとって得られる最大限の成果につながり、なおかつ個人の成長にもつながるということなのでしょう。
共鳴する関係を育む
・感情の伝染
コーチングは二者間の関係の上で成り立っています。次にコーチする側が気を付けなければならないのは、自身の感情です。なぜならば、感情は伝染するからです。自分の内面のバランスが崩れた状態では、コーチングをうまく進めることは絶対にできないようです。
・コーチングの土台
質の高い人間関係を築くために土台となる3つの事柄
- 人の変化は単発の出来事ではなく、一連のプロセスである
- コーチングへのアプローチを、ただ土を掘り返すだけでなくゴールドを発掘するチャンス
- 対話の内容は相手から引き出すべき
特に3番は注意かもしれません。
コーチのプロセスは相手を助けるためであって、コーチがアドバイスや経験を披露するためではないということでしょう。助けていると一方的に思い込みながら、コーチ側の自己愛や承認欲求を満たす自己満足になってはならなのです。いつのまにか誘導型コーチングになっているなんてこともあるかもしれません。
コーチングにおいて質の高い人間関係を築くために最も重要なのは、目の前の物事に集中し、相手に注意を払うのと同じくらい、自分の状態も意識しておくことである。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p223
深く耳を傾ける
相手の話を積極的に聞くということは、コーチングの土台のようなものです。本書ではアクティブリスニング(積極的傾聴)を心掛けるとか、8対2の割合で話を聞くなどが記されておりますが、つまりは傾聴ということでしょう。
「傾聴」というだけで何冊もの本が出ています。「傾聴」と一言いっても奥が深く、ここでちょろっと書くことはとてもできないなと思います。
しかし、傾聴とコーチングは少し繋がっているなと感じました。
最近読んでよかったと思う「傾聴」の本を一冊紹介して、おわりにしたいと思います。
傾聴ってなんだっけ?と、こんがらがってしまっている方にもおすすめです。
自分は合理的に判断できるとか、自分は最適解をすぐに見つけられるとか、妥協案を調整するとか、コスパ、タイパなど、合理主義的で効率を追い求め、時には無駄だとして切り捨て、自分はスマートだと思い込んでいる人ほど、このような本はつまらないと感じるでしょう。
ここでもなんだか二極化しているように最近感じています。
最後に一つ引用したいと思います。
ナルシシズム、独善、自己中心的な思考の蔓延した世界で、自己防衛的な行動を取らずに済ますために私たちにできるのは、他者を支援し、よりよい人間関係を築くことだ。利己的なナルシシズムへの最良の対抗手段は、他者を気遣うことである。他者を本当に助けるためにあなたにできるのは、相手がなりうるベストの自分になれるように鼓舞し、動機づけをすることだ。そのプロセスで起こるポジティブな感情の伝染によってあなた自身も鼓舞され、次いでまわりの人々にもポジティブな影響を与える。思いやりは伝染するのだ。
『成長を支援するということ』 リチャード・ボヤツィス 他 英治出版 p297
わたしたちは徳だとか道徳や倫理という言葉で、何を共有しようとしているのか。それは無限に広がる荒野の中にあるのではなく、きっとこういったことの周辺なのではないでしょうか。
哲学堂書店 浦山幹生
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