カントの「悪」論

カントの「悪」論

中島 義道 著
2018年9月12日 発売中
講談社学術文庫

カントの「悪」論

amazonで見る⇒カントの「悪」論 (講談社学術文庫)
紀伊國屋書店で見る⇒カントの「悪」論 (講談社学術文庫)

カント倫理学の中で「悪」はどのように扱われているのだろうか。カント倫理学にはアディアフォラ(道徳的に善くも悪くもない領域)が開かれていない。その倫理学に一貫しているのは徹底した「誠実性の原理」である。人間における快や幸福追求の普遍性と、その中心に「自己愛」があることを認めながら、そうした「幸福の原理」を従わせ、理性が道徳的善さの条件として命ずる「誠実性」とは何か。また、人間が悪へと向かう性癖と、根本悪、道徳的善さに至る前提としての「自由」とは。絶対的に普遍的な倫理学を確立しようと努力を惜しまなかったカントが洞察した善と悪の深層構造を探る。(引用)

第一章 自然本性としての自己愛
第二章 道徳法則と「誠実性の原理」
第三章 自由による因果性
第四章 悪への自由・悪からの自由

人工知能に哲学を教えたら

人工知能に哲学を教えたら

岡本 裕一朗 著
2018年9月6日
SBクリエイティブ

人工知能に哲学を教えたら

amazonから見る⇒人工知能に哲学を教えたら (SB新書)
紀伊國屋書店から見る⇒人工知能に哲学を教えたら (SB新書)

AIロボット、ドローン、自動運転。シンギュラリティの恐怖も叫ばれる中、いよいよ活気づいてきた人工知能の世界。アメリカではすでにUberによるタクシーの自動運転が実践化されているという。しかし、AIが紛争に使われ、自動運転の事故の責任問題に決着がついていないなどモラルや倫理は追いついていない。我々人類は、人工知能を使いこなすことができるのか?
本書は、テクノロジー・ITまで領域横断的に研究を広げる哲学者の著者が【AI×哲学】の視点で、最先端の人工知能研究の大問題を哲学的に解き明かします。人工知能がもたらす〔危険な〕未来を知るための入門書であり、必読書の1冊。

■目次
第1章 AI VS正義 ――人工知能に倫理を教えられるか
第2章 AI VS脳 ――人工知能にとって「認知」とは何か?
第3章 AI vs芸術家 人工知能はアートを理解できるか?
第4章 AI vs恋愛 人工知能にとって幸福とは何か?
第5章 AI vs労働者 ロボットは仕事を奪うか?
第6章 AI vs宗教 人工知能は神を信じるか?
第7章 AI vs遺伝子 人工知能は人類を滅ぼすのか?

■項目
・自動運転車が抱えた大問題
・人工知能は善悪の判断ができるか?
・人間中心主義の終わり
・フレーム問題と倫理
・「これが犬だよ」(直示的定義)の難しさ
・ライプニッツの人工知能
・人工知能が美人投票の審査員になった! ?
・人工知能にとっての幸福とは?
・人間は人工知能の奴隷か、主人か?

明月堂書店 極北ラジオ 哲学するタネ

明月堂書店 極北ラジオ 哲学するタネ

明月堂書店 極北ラジオ

上のリンクより 明月堂書店 極北ラジオもよろしくお願いいたします。

『哲学するタネ』新刊書紹介から個別に記事に分けておこうと思います。

石浦昌之の哲学するタネ 01

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第1回 哲学とは?」

 

石浦昌之の哲学するタネ 02

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第2回 自然哲学」

 

石浦昌之の哲学するタネ 03

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第3回 ソクラテス」

 

石浦昌之の哲学するタネ 04

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第4回 プラトン」

 

石浦昌之の哲学するタネ 05

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第5回 アリストテレス」

 

石浦昌之の哲学するタネ 05

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第6回 近代とは何か・福沢諭吉(1)」

 

明月堂書店 極北ラジオもよろしくお願いいたします。

哲学するタネ-東洋思想編

哲学するタネ-東洋思想編

石浦昌之 著
明月堂書店

amazonで見る⇒哲学するタネ【東洋思想編】
紀伊國屋書店で見る⇒哲学するタネ【東洋思想編】

哲学する基本知識を「タネ」と呼び、答えのない問いを問い続ける― 高校倫理教師の1年間の授業から東洋思想編を完全収録! ! 高校公民科「倫理」は哲学(西洋思想・日本思想)をメインとして、宗教学、心理学、社会学、比較文化論などを網羅した日本独自のユニークな科目である。しかしながら、進学校の一部にしか設置されていないため、その内容はあまり知られていない。 そこで、高校「倫理」の学習内容を軸として、混迷の時代にあって答えのない問いに答えを求め続ける「タネ蒔き」をしようじゃないかというのが本書の基本姿勢である。(引用)

1章 日本とは
2章 古代日本人の思想
3章  日本文化の特色
4章 日本の風土 日本人の美意識
5章 仏教の受容
6章 平安仏教(最澄、空海)
7章 鎌倉新仏教(1)(浄土信仰、法然、親鸞、一遍)
8章 鎌倉新仏教(2)(栄西)
9章 鎌倉新仏教(3)(道元、日蓮)
10章 近世日本の思想(1)(朱子学)
11章 近世日本の思想(2)(陽明学、古学派)
12章 近世日本の思想(3)(国学、神道)
13章 近世日本の思想(4)(民衆思想)
14章 近世日本の思想(5)(蘭学、和魂洋才、水戸学)
15章 福沢諭吉
16章 中江兆民、植木枝盛
17章 キリスト教
18章 近代文学(1)(ロマン主義、自然主義)
19章 近代文学(2)(森鷗外、夏目漱石、白樺派、宮沢賢治)
20章 社会主義
21章 国粋主義
22章 大正期の思想
23章 日本の独創的思想(和辻哲郎、西田幾多郎、九鬼周造)
24章 日本の民俗学(柳田国男、折口信夫、南方熊楠、柳宗悦)
25章 戦後日本の思想(丸山眞男、加藤周一、大江健三郎、坂口安吾、吉本隆明、村上春樹)
26章 バラモン教
27章 仏教(1)
28章 仏教(2)
29章 中国思想(1)(孔子)
30章 中国思想(2)(孟子、荀子、韓非子、墨子、その他の諸子百家)
31章 中国思想(3)(朱子・王陽明)
32章 中国思想(4)(老子・荘子)

カント批判-『純粋理性批判』の論理を問う

カント批判-『純粋理性批判』の論理を問う

冨田恭彦 著
2018年8月29日 発売中
勁草書房

カント批判-『純粋理性批判』の論理を問う

amazonで見る⇒カント批判: 『純粋理性批判』の論理を問う
紀伊國屋書店で見る⇒カント批判: 『純粋理性批判』の論理を問う

ロックやバークリの研究者として、またローティの著作の翻訳者として知られる著者が、カント哲学の批判的な読解を試みる一連の仕事の完結篇。『純粋理性批判』におけるカントの超越論的観念論が、明証必然的な理論を標榜しつつも実は自然科学の知見を密かな基盤としていたことを明らかにし、時代の子としてのカントの実像に迫る。(引用)

第1章 「独断のまどろみ」からの不可解な「覚醒」──「唯一の原理」への奇妙な道筋
はじめに
1 カントの説明
2 ヒュームの議論
3 補説・『人間知性についての研究』の場合
4 カントの奇妙な対応(一)──ヒュームが最初から経験論者であったにもかかわらず
5 思考実験──もしも基になる印象が見つかったとしたら、カントはどうするつもりだったのか
6 カントの奇妙な対応(二)──「関係の観念」は印象や感覚ではありえないにもかかわらず
7 関係の観念の特殊性──ロック・バークリ・ヒューム
8 「唯一の原理」への道

第2章 ロックの反生得説とカントの胚芽生得説──カントが言うほどカントとロックは違うのか?
はじめに
1 カントのロック評──私はロックとはこのように違う
2 なぜ経験由来であってはならないのか──必然性の問題
3 ロックの反生得説
4 「機会」・「胚芽」・「素質」
5 ロックの実際の議論(一)──カントが言うのとは違っている
6 ロックの実際の議論(二)──「単一性」の観念の場合
7 ロックの実際の議論(三)──狭義における「実体」観念の場合
8 カント自身の反生得説
9 人間に固有のものなのか?
10 「胚芽」と「素質」・再考──人類学主義
11 ロックの「規約主義」

第3章 カントはロックとヒュームを超えられたのか?──アプリオリ化の実像
はじめに
1 ヒュームによるロックのなぞり
2 「図式」論──カントはロックやヒュームを乗り越えてはいない
3 知覚判断と経験判断
4 カント説のもう一つの謎──必然性をめぐる循環
5 自然科学を基盤とした形而上学

第4章 そもそも「演繹」は必要だったのか?──自身の「経験」概念の絶対化
はじめに
1 客観的演繹と主観的演繹
2 客観的演繹の要
3 カント自身の「経験」理解が基盤となって
4 カントの議論の実際
5 カントの立論の論理構造
6 純粋知性概念(カテゴリー)の導出・再考
7 カントの循環

第5章 判断とカテゴリーの恣意的な扱い──カントの隠れ自然主義
はじめに
1 「判断の量」と「量のカテゴリー」
2 「判断の質」と「質のカテゴリー」
3 論理のすり替え
4 「図式」論におけるカントの説明
5 「直観の公理」
6 「直観」と「感覚」の区別
7 「知覚の予想」
8 ロックと比較して
9 今日の自然科学においては
10 古代ギリシャ以来の伝統
11 伝統的論理学の視点の不当な使用
12 「判断の関係」と「関係のカテゴリー」
13 原則と自然科学の原理の深い関係
14 カントの隠れ自然主義再説
15 カントの循環再説──何のための「演繹」か?

第6章 空間の観念化とその代償──議論の浅さとその不整合の意味するもの
はじめに
1 「空間について」──「形而上学的究明」と「超越論的究明」
2 序にあたる部分──「外的感官」と「内的感官」
3 「空間について」──本論の基本的議論
4 第二版での「形而上学的究明」と「超越論的究明」
5 幾何学の可能性
6 「多様なもの」とその「結合」
7 ロックの場合(一)──観念の複合化と知識
8 ロックの場合(二)──単純観念と識別
9 空間中の対象と、多様なもの
10 モリニュー問題から
11 空間再考、そして、残された問題

国分寺大古書市 2018年9月5日開催のお知らせ

国分寺大古書市 2018年9月5日開催のお知らせ

2018年9/5(水)~10/3(水)の29日間限定
国分寺大古書市を開催します

全国人気の古書店が大集合。約二万冊、ワゴン54台と大規模開催!
思わぬ希少本やお値打ち品が見つかるかもしれません。

期間中は毎日朝10時から夜21時まで開催中です。

国分寺ミーツ3F イベントスペース(神保町いちのいち前)
※JR中央線、西武国分寺線・多摩湖線「国分寺駅」北口直結 改札徒歩1分

ハイデガーと哲学の可能性

ハイデガーと哲学の可能性

森 一郎 著
2018年8月24日 発売中
法政大学出版局

ハイデガーと哲学の可能性

amazonで見る⇒ハイデガーと哲学の可能性: 世界・時間・政治
紀伊國屋書店で見る⇒ハイデガーと哲学の可能性: 世界・時間・政治

『存在と時間』はどう書き継がれるべきか? ハイデガーの思考に拠りつつ、それを超えて哲学に意味を見出すことはいかにして可能か? 日本のハイデガー研究を牽引する著者が、カント、マルクス、アリストテレスの今日的読み直しも含め、言語、世界、死、時間、技術、労働、政治といった問題群に真正面から切り込んだ全16章の探究。「愉しい学問」の実践!(引用)


凡 例
第I部 自己と世界
第一章 ハイデガーにおける形式的暗示について
一 語り方の問題
二 「解釈学的直観」の生成
三 『存在と時間』における問いの構造とその遂行意味

第二章 死の明証
一 死に関するデモクラシーと、死の管理体制
二 死を飼い馴らすことと、死によって飼い馴らされること
三 死の経験可能性と、死のリアリティー
四 他者の死と、そのひとごとならなさ
五 「我死につつ在る」という語りと、その遂行的明証性

第三章 自発性の回路 『存在と時間』における世界概念の再検討
一 ハイデガーの「世界」概念の問題性
二 「適所を得させること」と「自己を指示しむけること」
三 自発性の回路としての「有意義性」

第四章 感受性と主体 カントの尊敬論から
一 「主体」という問題
二 主体における自己服従の回路
三 感受性と主体-支配と服従の間

第五章 哲学的言説のパフォーマティヴな性格について
一 現象学の方法的アポリア?
二 「ふるまい」としての語り
三 パフォーマンスとしての哲学
四 気分とレトリック

第II部 時間とその有意義性
第六章 配慮される時間 ハイデガーの世界時間論
一 世界と時間
二 世界時間という蝶番
三 世界時間のまったき構造

第七章 時計と時間
一 時間が「客観的」に与えられる現場
二 尺度としての時計
三 〈尺度するモノ〉と〈尺度されるモノ〉
四 尺度における反照規定
五 時計と時間

第八章 時間の有意義性について
一 陳腐な教訓か、時間論の根本問題か
二 時間の有意義性の意味するもの
三 有限性と〈死への存在〉
四 限りある〈いのち〉の限りなさ
五 有限性への抵抗と、時間のエコノミー

第九章 技術と生産 ハイデガーからマルクスへ
一 ハイデガーとマルクス?
二 技術への問い
三 集立と資本
四 時間のテクノロジー
五 テクネーはスコレーのために

第III部 哲学と政治
第十章 哲学の実存 ハイデガーとアリストテレス
一 実存の哲学と哲学の実存
二 理論と実践の対立の起源へ
三 ソフィアかフロネーシスか
四 観照的生と近代

第十一章 ハイデガーにおける学問と政治 『ドイツの大学の自己主張』再読
一 「ハイデガー問題」とは何であったか
二 『ドイツの大学の自己主張』は何を主張しているか
三 「学問の原初的本質」はどこまで原初的か
四 ハイデガー問題からソクラテス問題へ

第十二章 労働のゆくえ 「ハイデガーからアーレントへ」の途上
一 ハイデガーのマルクス論と労働概念
二 勤労奉仕を奨励する学長
三 労働の擬似存在論
四 労働批判としての「総かり立て体制」論
五 労働者はどこへ?

第十三章 出来事から革命へ ハイデガー、ニーチェ、アーレント
一 始まりの思索者たち
二 反時代的な脱現在化から、近代そのものの批判へ
三 大いなる出来事としての哲学革命
四 新しきものへの自由-将来は原初にやどる
五 『出来事について』から『革命について』へ

第IV部 哲学の可能性
第十四章 共‑脱現在化と共‑存在時性 ハイデガー解釈の可能性
一 存在者と存在、物と世界
二 『存在と時間』における存在者論
三 「もとでの存在」の問題点と、脱現在化
四 物の「共‑脱現在化」の働き
五 物は何を語るか-『マルテの手記』の一節から
六 本来性と非本来性との絡み合い-渡邊二郎の解釈
七 『存在と時間』における「共‑存在時性」の問題群
八 「隔世代倫理」へ-原爆ドームを手がかりに
九 「反‑存在時性」の爛熟-3・11以後

第十五章 政治に対する哲学する者たちの応答可能性 ハイデガーの事例を手がかりに
一 ある戦中と戦後の間-『注記』拾い読み
二 準備的考察-責任の所在
三 政治に対する哲学する者たちの応答可能性
四 われわれの政治責任

第十六章 『存在と時間』はどう書き継がれるべきか
一 夢を追い続けて
二 では、どのようにして書き継ぐか
三 「前半」はどう終わっていたか
四 二通りの暫定的結論めいたもの
五 「時間性のある本質上の時熟可能性」
六 歴史性と時間内部性の絡み合い
七 四方界の反照‑遊戯
八 共‑存在時性の問題群

あとがき
初出一覧
人名索引
著作名索引
事項索引

世界の独在論的存在構造

世界の独在論的存在構造

永井 均 著
2018年8月17日 発売中
春秋社

世界の独在論的存在構造

amazonで見る世界の独在論的存在構造: 哲学探究2 (哲学探究 2)

紀伊國屋書店で見る世界の独在論的存在構造: 哲学探究2 (哲学探究 2)

まさにこのありありとある私ただひとつがある。それは端的な私であり、けっして記憶や性格でもなければ、一般的な意識や精神や魂と呼ばれるものでもないのだが、言葉で語ろうとすると簡単にたくさんある私のなかのひとつとなり、一般的な心というもののひとつの個別事例になって、見失われてしまうのだ。
この私という説明不可能な例外的存在者が現に存在してしまっている、という端的な驚きを起点につむぎだされる独創的思索の広大な射程。長い哲学の歴史のなかで見逃されてつづけてきた、しかし根本的な問題を発見し探究しつづける哲学者・永井均の最新の思索は、私・今・現実の不思議を新たにゼロから徹底的に考えぬく。仏教やインド思想の無我・真我を論じる付論を付す。

“私”の存在という問題の真の意味
デカルト的省察―“私”の存在は世界の内容にいかなる影響も与えない
独在性の二つの顔
相対主義とルイス・キャロルのパラドクス
フィヒテの根源的洞察から「一方向性」へ
デカルトの二重の勝利
ものごとの理解の基本形式とそれに反する世界のあり方
自己意識とは何か
いかにして“私”や“今”は世界に埋め込まれうるか
人計から東洋の専制君主へ

哲学プラクティス連絡会のお知らせ

哲学プラクティス連絡会のお知らせ

8月19日 メタ哲学カフェにお邪魔しました。

メタ哲学カフェは哲学カフェや哲学対話の運営に携わっている方々が意見交換をしている会です。

より良い場を作るにはどうすれば良いか、切磋琢磨し試行錯誤を繰り返しながら努めている姿を拝見することができました。運営してみなければわからない問題点などたくさん知ることができ勉強になります。

 

実は会の出席のだいぶ前に、メタ哲学カフェ代表にアポイントを取ることができたので、直接お話させていただいたのですが、まだそのときは対話を通して何をなそうとしているのかあまり理解が及ばなかったところがありました。しかし、実践をされている方々のお話を聞いていく中で、大切な点に気づかされた気がします。人がときに早急に答えを見つけようとしたり、または知ろうとする、そういった知的欲求は良い面もあるわけですけれども、反面その行為にあったであろう[楽しさ・面白さ]を忘れてしまいがちになるように思います。最近では哲学カフェや哲学対話の実践を哲学プラクティスと呼ぶようですが、一見なんの変哲もないテーマについて、その場で出会った方々と哲学的に掘り下げて考え、語り合ってみることで、自分にはなかった考え方や、驚きを通して、[楽しさ・面白さ]を他者との実践を通して体現していくことに醍醐味があるのだと思います。

 

哲学というと理詰めに考えていったりするという堅苦しさのイメージがあるかもしれませんが、[楽しさ・面白さ]という面はとても重要な面であろうと思います。

 

また、國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』で語られていたようなことがふと話題になったときがあり、私はなぜか森の哲学講義の動画が頭に浮かびました(笑)。映像というのはやはりインパクトが大きいのかもしれません。下記の動画は今回の話題とあまり関連はありませんが、youtubeにまだ残っていましたのでよかったらどうぞ。

 

2018年8月25日には哲学プラクティス連絡会が立教大学池袋キャンパスで開催されます。

参加される方は参加お申し込みをお願い致します。

一般参加は2000円になります。

大学生・大学院生 1000円

高校生以下 無料となっております。

プログラムの詳細につきましてはこちら要旨pdf

 

話は変わりますが、親睦会の中で本のレビューができるようにしてみてはどうか、というアドバイスを頂いたので早速、レビュー機能をつけてみました。会員登録なしでレビューができるようにもいたしましたので、みなさんの本の評価なりを書いていただけたらと思います。(レビュー機能についてはまた改めて記事を書こうかとおもいます)