村上春樹 西田幾多郎 京都アカデミアフォーラム in 丸ノ内

東京都 丸の内で「京大 人文知」を連夜解放!

京都アカデミアフォーラムin丸の内


1月29日(火)18:30~20:00 村上春樹と《鎮魂》の詩学~3人目のガールフレンドと958,816枚目のピザをめぐって~

講師:京都大学大学院 人間・環境学研究科 准教授 小島 基洋

■京都で生まれ、いまや世界的な作家となったHaruki Murakami。『風の歌を聴け』(1979年)でデビューして以降、最新長編『騎士団長殺し』(2017年)に至るまで、彼の作品の中には、〈喪われた恋人〉直子が、その影を落とし続ける。代表作『ノルウェイの森』(1987年)を中心に、村上春樹の愛と喪失の物語を、京大若手人文知の一人である小島基洋准教授が読み解きます。

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1月30日(水)18:30~20:00 西田幾多郎 その人と思想 ~京大時代を中心に~
講師:京都大学大学院 文学研究科 教授 林 晋

■日本を代表する哲学者で、京都学派の祖の西田幾多郎。彼の家族愛の深さや生活ぶり、本当に「哲学の道」で思考(デンケン)したかなど、その人となりや生活ぶりから哲学についてまでを紐解きます。講師は、日本最大級の規模と多様性を有する京大哲学・哲学史研究の一員で、情報学者でもある林晋教授が務め、旧西田居宅の保存運動やデジタルアーカイブ化の経験などを元にお話しします。

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各回3,000円(大学院生・大学生・専門学校制:2000円、高校生以下:1000円)(税込み)

チラシPDF

会場は東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング10階

 

※京都アカデミアフォーラム 入館方法はこちらをご覧ください。

西田幾多郎の実在論

AI、アンドロイドはなぜ人間を超えられないのか
池田 善昭 著
2018年8月8日 発売中
明石書店

西田幾多郎の実在論

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それはAIが時間の本質を決して理解できないから。答えは本書の中に
世界は存在するのか、しないのか。生命とは、人間とは何か――西田幾多郎の哲学は世界のあり方を根源から問う実在論であった。行為的直観、自覚、絶対無の場所、絶対現在、永遠の今、絶対矛盾的自己同一といった西田独自の概念を、生命論を手がかりに考察することを通して西田哲学と一体化しつつ、自身の思索を深化させる池田哲学の真骨頂が展開する。ピュシス(自然)の発する声に耳を傾けた、『福岡伸一、西田哲学を読む』の続編。(引用)

第1章 西田幾多郎の根本的思想――実在、時間、宇宙意識
第2章 西田幾多郎の実在論――アンドロイドはなぜ人間を超えられないのか
第3章 生命と場所――福岡伸一と西田幾多郎
第4章 カントにおける近代科学の論理をどう乗り越えるか
第5章 愛と時――他者問題をめぐる西田幾多郎の思想について
あとがき

前編はこちら

福岡伸一、西田哲学を読む

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デカルトと哲学書簡

山田 弘明 著
2018年8月3日発売中
知泉書館

デカルトと哲学書簡

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17世紀のヨーロッパにおいて、書簡は公開を前提としたものも多く、学問にとって重要な情報・意見交換のツールであった。デカルトも当時の多くの学者たちと往復書簡を交わしており、737通が残されている。そこでのやり取りを通してデカルトは自らの思想を練り、著作を残していった。彼にとって書簡は、思索の場であり、まさに「知性の実験室」であった。
・第I部「デカルトの生活と思想」では、膨大な全書簡の中から特に印象的な文言を年代順に取り上げ、デカルトの生涯と思索を辿る。

・第II部「精神と身体」では、デカルト哲学の中でも重大な課題である心身問題に焦点を絞り考察。
西田哲学との比較や、デカルトが精神と身体との区別をどう考えたのかをエリザベトなどとの書簡から読解する。

・第III部「論争のさなかで」では、レギウス、アルノー、モアとデカルトの往復書簡での論争を検討する。
デカルト自身の立場の特異性や同時代の論争相手がデカルト哲学を受容した実態が浮かび上がる。
(引用)

はじめに
第 I 部 デカルトの生活と思想
第一章 誕生1596年~『方法序説』前後1638年
1 空咳と青白い顔
2 送金
3 斜視の少女
4 真面目な研究へ
5 自分で相続したもの (以下,19まで)
第二章 『省察』準備期1639年~『哲学原理』1644年
20 空虚の否定
21 真理
22 松果腺
23 数学の歴史と数学の知
24 『省察』の回覧 (以下,47まで)
第三章 『情念論』準備期1645年~客死1650年
48 農民への恩赦
49 尊敬する人々との交際
50 振動中心の決定
51 原理の二義
52 『君主論』 (以下,74まで)
第 II 部 精神と身体
第四章 心身合一の世界――デカルト哲学と西田幾多郎
第1節 デカルトと心身合一
第2節 西田幾多郎と心身合一
第3節 西田=デカルト仮想論争
第五章 心身の相互関係――エリザベト書簡と『情念論』
第1節 テキスト一覧
第2節 テキスト間の解釈
第3節 生の経験
第4節 精神と小さな腺
第5節 結論
第六章 精神と身体との区別
はじめに
第1節 テキスト的吟味
第2節 思考の停止は存在の停止か
第3節 私とは実体であるか
第4節 私の本質は思考のみか
第5節 精神は身体から完全に区別されるか
第6節 精神は身体なしにあるか
おわりに
第七章 人間精神と動物-機械論
第1節 人間と機械
第2節 人間と動物
第3節 まとめ
第 III 部 論争のさなかで
第八章 ヘンリクス・レギウス
第1節 レギウスとデカルト
第2節 認識の諸問題
第3節 精神と身体
第4節 結論
第九章 アントワーヌ・アルノー
第1節 アルノーとデカルト
第2節 精神はつねに思考するか
第3節 精神がなぜ物体(身体)を動かすか
第4節 神は矛盾をなしうるか
第十章 ヘンリー・モア
第1節 モアとデカルト
第2節 延長の定義
第3節 動物に思考はあるか
第4節 心身の相互関係
あとがき