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第二回 国分寺大古書市 神保町いちのいち

第二回 国分寺大古書市 神保町いちのいち

ミーツ国分寺 3階特設会場
時間10:00~21:00
開催期間 4月20日~6月2日

JR中央線、西武国分寺線、多摩湖線、「国分寺駅」直結!
ミーツ国分寺ショッピングセンター 3階特設会場

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少々硬い本ばかりの出品をしておりますが、ぜひお立ち寄りください。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。

技術とは何だろうか 三つの講演

技術とは何だろうか 三つの講演

マルティン・ハイデガー 著
森 一郎 訳
講談社学術文庫
3月12日 発売

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20世紀最大の哲学者マルティン・ハイデガーが第二次大戦後に行った「技術」をめぐる三つの講演。瓶(かめ)や橋、家屋といった身近な物から出発し、それらの物がどのようなあり方をしているのかを考え、ついには「世界」に到達する講演「物」と「建てること、住むこと、考えること」、そしてモノとヒトを資源として用いながら膨張を続ける現代技術のシステムを問う「技術とは何だろうか」。(引用)

目次


建てること、住むこと、考えること
技術とは何だろうか
編訳者あとがき

音楽の哲学入門

音楽の哲学入門

セオドア・グレイシック 著
源河 亨、木下 頌子 訳
慶應義塾大学出版会
2019年3月7日 発売

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目次
第1章 耳に触れる以上のもの――音楽と芸術
1 鳥の歌
2 音楽であるもの/音楽的なもの
3 「芸術」に関して
4 音楽と文化
5 美的側面
6 文化、コミュニケーション、スタイル

第2章 言葉とともに/言葉なしに――理解して聴く
1 教養なき知覚
2 純粋主義
3 言語と思考の交わり
4 命題知と技能知
5 音楽の四つの側面
6 歴史、スタイル、美的性質
7 芸術としての音楽、再考

第3章 音楽と情動
1 しるしとシンボル
2 表出と表出的性格
3 ウタツグミ
4 喚起説
5 カルリの悲嘆、アメリカのジャズ、ヒンドゥスターニー・ラサ

第4章 超越へといざなうセイレーンの声
1 実在の語りえなさ
2 美から崇高へ
3 ショーペンハウアーの音楽観
4 崇高さは主観的なものか
5 崇高さの経験
6 例示

啓発された自己愛

啓発された自己愛

啓蒙主義とバルベラックの道徳思想
門 亜樹子 著
京都大学学術出版会
2019年2月28日 発売

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18世紀啓蒙時代――グロティウス、プーフェンドルフの著作の仏訳によって後世に名を残した思想家ジャン・バルベラック(Jean Barbeyrac, 1674―1744)。彼はただ思想を媒介しただけではない。教会の「抑圧されたキリスト教的人間像」に真っ向から対峙し、人間理性の自由と自己の肯定を謳ったその独自の思想は、プーフェンドルフの著書に付した長い序文『道徳哲学史』に見られ、後世のスコットランド学派につながる。紹介者としての一面のみで捉えられこれまで表舞台に現れてこなかった彼の思想を、キリスト教思想の観点から浮き彫りにする未知の試み。(引用)

序章 キリスト教的人間像の変遷と道徳哲学
Ⅰ バルベラックとその時代――自然法学とスコットランド啓蒙
Ⅱ バルベラックはどう読まれてきたか
Ⅲ 本書の視点
1 啓蒙主義と「啓発された自己愛」
2 ティロットスンからアバディーン啓蒙へ――道徳哲学と「明証性の理論」
3 哲学史 ――コモンセンス哲学のフランスへの伝播

第1章 バルベラック『道徳哲学史』と自然法学
Ⅰ はじめに ――スコットランド啓蒙思想とバルベラック
Ⅱ バルベラックと『道徳哲学史
1 バルベラックの生涯と著作
2 『道徳哲学史』の紹介
Ⅲ 『道徳哲学史』における教父批判――教会史および哲学史との比較
1 『道徳哲学史』と教会史
2 『道徳哲学史』と哲学史
3 『道徳哲学史』と『自然法史』
4 聖職者批判と福音道徳
(1) 聖職者批判
(2) 福音道徳と三義務論
Ⅳ 『道徳哲学史』と『娯楽論』
Ⅴ おわりに

第2章 バルベラック『娯楽論』研究序説――福音道徳と理性
Ⅰ はじめに
Ⅱ 「善悪無記の事物」としての娯楽
1 バルベラックの娯楽観
2 労働と娯楽
3 使用と誤用の区別
4 聖書における娯楽
Ⅲ 福音道徳と理性
Ⅳ 節制・正義・信仰心の義務
Ⅴ 節制と欲望
Ⅵ 自己評価と「キリスト教の謙遜」
Ⅶ 自己評価論とキリスト教的人間像
1 ロックにおける「世論ないし世評の法」
2 ニコルとバルベラックの自己評価論
Ⅷ おわりに――「真のキリスト教徒」と『娯楽論』

第3章 バルベラックの「啓発された自己愛」
Ⅰ はじめに
Ⅱ プーフェンドルフの自然状態論
1 ホッブズへの反論
2 スピノザへの反論
3 自然状態における「正しい理性」
Ⅲ 「正しい理性」と「啓発された自己愛」
1 自然法と「正しい理性」
2 社交性と「啓発された自己愛」
Ⅳ 「自己への義務」と「啓発された自己愛」
Ⅴ おわりに ――バルベラックとニコルの自己愛概念

第4章 ティロットスンのキリスト教的人間像(感覚・理性・信仰)――バルベラックの思想との関連性をめぐって
Ⅰ はじめに
Ⅱ バルベラックのキリスト教的人間像
1 洗練可能な人間本性
2 理性への信頼――懐疑論批判
Ⅲ ティロットスンのキリスト教的人間像――感覚・理性・信仰
1 神からの賜物としての感覚と理性
2 感覚と信仰
(1) 感覚の確実性――実体変化批判をめぐって
(2) 実体変化批判の反響
(3) ティロットスンの信仰概念
(4) 聖書における信仰と感覚
3 理性と信仰
(1) 理性の光と信仰の光の一致
(2) 合理的な宗教と教父への評価
4 感覚と理性――ティロットスンとケンブリッジ・プラトニスト
Ⅳ おわりに

第5章 「直観」の哲学史――「道徳科学」と「精神哲学」
Ⅰ はじめに
Ⅱ ビーティとキャンブルの明証論――直観と常識
1 ビーティの道徳哲学体系
2 ビーティの明証論
3 キャンブルの明証論
4 ビーティとキャンブルの明証論の比較
Ⅲ ヒューム批判と直観的原理――キャンブル,ビーティ,リードを中心に
1 ヒュームの奇跡論への批判 ――証言と経験
2 直観的原理と「信じやすさ」
3 ビーティの懐疑論批判
4 リードの観念理論批判
Ⅳ プレヴォとドゥーガルド・ステュアートのカント解釈
1 プレヴォの経歴と著作活動
2 プレヴォの『近代哲学三学派』――カント哲学の紹介
(1) スコットランド学派
(2) フランス学派
(3) ドイツ学派
3 ドゥーガルド・ステュアートのカント解釈――カドワースとの類似性の指摘
Ⅴ おわりに

終章 スコットランド哲学のフランスへの伝播
――ジェランド『哲学体系比較史』をめぐって

付録1 バルベラックの著作目録
付録2 ブッデウス『自然法史』(ジョンスン版)
付録3 ティロットスン著作集と仏訳版における説教の収録順
付録4 ジョゼフ=マリ・ドゥ・ジェランド『哲学体系比較史――人知原理との関連性』

ヤスパース 暗黙の倫理学

ヤスパース   暗黙の倫理学

〈実存倫理〉から〈理性倫理〉へ
中山剛史 著
晃洋書房
2019年2月23日 発売

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ヤスパース哲学は「倫理学」といえるのか。「倫理学」からは一歩距離を置いていたヤスパース哲学を、実存的な〈訴えかけの倫理〉として浮き彫りにすることにより、そのアクチュアリティーを問い直す試み。ヤスパース倫理思想の新たな相貌に光を当てる。(引用)

目次
はじめに
序論
1. 本書の目的
2. 本書の概要とその位置づけ

第1章 「倫理学」としてのヤスパース哲学
1.ヤスパース哲学は「倫理学」か
(1)ヤスパース哲学における「倫理学」の不在と遍在
(2)「倫理学」という言葉の二義性
(3)「暗黙の倫理学」としてのヤスパース哲学
2.ヤスパースの「倫理学」理解――『世界観の心理学』から『哲学』まで
(1)『世界観の心理学』の場合
(2)「倫理学」についての初期の遺稿
(3)主著『哲学』における「倫理学」の用法
3.「哲学的倫理学」の可能性とその行方
(1)「哲学的倫理学」とは何か
(2)自己存在の実存的自覚と実存的現実の開明
(3)「哲学的倫理学」の行方
4.総括――ヤスパースの「暗黙の倫理学」

第2章 〈実存倫理〉のメルクマール
1.〈実存倫理〉の成立とその位置づけ
(1)〈実存倫理〉という解釈をめぐって
(2)ヤスパースの〈実存倫理〉への道――キルケゴールとニーチェ
(3)ヤスパースにおける「実存」概念の成立
2.「自由」への訴えかけの倫理
(1)自由――ヤスパースの〈実存倫理〉の根本意図
(2)根源的な被贈性にもとづく「実存的自由」
3.実存の無制約性の倫理
(1)実存の「無制約性」とは何か
(2)「限界状況」に面しての無制約性の覚醒
4.実存の歴史性と歴史的一回性
(1)普遍妥当的真理と歴史的真理
(2)「歴史的規定性」の限界状況――〈狭さ〉から〈深さ〉への転換
(3)実存の歴史性の三つの契機
5.「交わり」の倫理
(1)限界状況としての交わり――愛しながらの闘い
(2)「交わり」における実存の倫理
6.総括――実存の「歴史的無制約性」の倫理

第3章 〈実存倫理〉と〈普遍倫理〉の両極的弁証法
1.ヤスパースのカント倫理学解釈
(1)カントの〈普遍倫理〉とヤスパースの〈実存倫理〉
(2)『世界観の心理学』における「普遍妥当性」の両義性
(3)〈格率の普遍化可能性〉の問題
(4)ヤスパースからみたカント倫理学の限界点
2.『実存開明』における「法則」と「実存」の緊張関係
(1)「法則としての自由」と「実存的自由」
(2)法則と実存との一致――法則のパトス
(3)無制約性の解釈形式としての「法則」
3.客観的当為と実存的当為の両極的弁証法
(1)『実存開明』における「当為」の概念規定
(2)客観的当為の実存的なわがもの化
(3)客観的当為の実存的突破――「例外者」の倫理
4.総括――〈普遍倫理〉から〈実存倫理〉への実存倫理的転回
(1)法則の普遍妥当性から〈歴史的一回性における永遠性〉へ
(2)〈法則倫理〉から〈交わりの倫理〉へ

第4章 〈実存倫理〉から〈理性倫理〉へ
1.〈実存倫理〉の陥穽と「理性」の必要性
(1)実存の無制約性と「狂信的な真理のパトス」
(2)「交わり」という契機
(3)「理性」という契機
2.後期ヤスパースにおける「理性」の根本特徴
(1)ドグマや固定化を突き破る「限りない開放性」
(2)あらゆる根源と真理をあらわにする開示化の運動
(3)あらゆる包括者の諸様態を結びつける「紐帯」
(4)「普汎的な共生」を希求する「全面的な交わりへの意志」
(5)総括――突破と結合を希求する開かれた根本態度
3.〈実存倫理〉と〈理性倫理〉の関係――相即性と両極性
(1)〈理性倫理〉という解釈の妥当性
(2)「実存」と「理性」の相即性と両極性
(3)「実存的交わり」と「理性的交わり」の関係
4.〈実存倫理〉から〈理性倫理〉への展開
(1)「善悪」論文における〈理性倫理〉への注目
(2)『反理性』および政治論における〈理性倫理〉への移行
(3)「理性」のモチーフの出現の必然性
5.〈理性倫理〉への転換としての「回心」
(1)『反理性』における「理性」への実存的決意――「誠実性」のエートスへの転換
(2)〈実存倫理〉と〈理性倫理〉との連結点としての「回心」のモチーフ
6. 総括――〈実存倫理〉から〈理性倫理〉へ

第5章  補論――包括者論と哲学的倫理学
1.包括者論の根本意図――その倫理的・実践的意義
(1)「包括者」の思想と「哲学的根本操作」
(2)「一なる包括者」と「包括者の諸様態」
(3)「包括者の諸様態」論の意図――「神が語りうる空間」を確保する
(4)「存在意識の変革」としての包括者論――〈広さ〉と〈深さ〉への変革
2.包括者論における真理と倫理の多次元性
(1)「包括者の諸様態」における真理の諸様態
(2)「包括者の諸様態」における倫理の諸様態
(3)「包括者の諸様態」における〈実存倫理〉と〈理性倫理〉の位置づけ
3.総括――包括的な「哲学的倫理学」の再構築の可能性

結論

あとがき
参考文献

暴力をめぐる哲学

暴力をめぐる哲学

飯野 勝己、樋口 浩造 編著
上石 学、新田 智通、中野 良樹、岩野 祐介、坪井 雅史、相澤 伸依、藤村 安芸子 著
晃洋書房
2019年2月10日 発売中

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いま、暴力とは何か?人間はそもそも暴力的な存在なのか?暴力の克服は、ついになしえないことなのか?現代社会における暴力の多様性と、歴史に現出する暴力の多層性を見すえつつ、その根源的ありようと克服の可能性をさぐる。私たちは、暴力的な存在なのか?人間にとって、暴力とは何か?その不可避性と、回避/克服の可能性をともに見すえつつ思考をつむぐ、「暴力の哲学/倫理学」の試み。(引用)

序 章 暴力はいかにして哲学の問題になるのか(飯野勝己)

第Ⅰ部 暴力の根源に向けて
第1章 暴力におけるミーメーシスとアイデンティティ(上石 学)
第2章 文化と暴力(新田智通)
第3章 暴力の行使と制止の行動科学(中野良樹)

第Ⅱ部 暴力の現れに向けて
第4章 日本キリスト教思想史における暴力理解(岩野祐介)
第5章 暴力を直視する(樋口浩造)
第6章 構造的暴力としてのヘイト・スピーチ(坪井雅史)

第Ⅲ部 暴力・言葉・表現
第7章 ひとつの暴力、いくつもの暴力(飯野勝己)
第8章 語りをめぐる暴力(相澤伸依)
第9章 荒ぶる思いのゆくえ(藤村安芸子)

クリエイティブ・ラーニング

クリエイティブ・ラーニング

創造社会の学びと教育
井庭 崇、鈴木 寛、岩瀬 直樹、今井 むつみ、市川 力 著
2019年2月23日 発売
慶應義塾大学出版会

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クリエイティブ・ラーニング(創造的な学び)は、「つくることで学ぶ」という新しい学びのスタイルである。「自ら知識を構成する」学習観は、「アクティブ・ラーニング」や「プロジェクト型学習」「探究学習」のように、学び手自身による活動がベースとなるが、クリエイティブ・ラーニングは、何かを「つくる」ことをより一層重視する。そして、これからの学校は、創造的に学ぶための「つくる」経験を積む場となり、教師は、生徒が「つくる」ことを支援するだけでなく、一緒に問題に挑戦し、一緒につくることに取り組む仲間、「ジェネレーター」となる。(引用)

目次
プロローグ
序 章 構成主義の学びと創造――クリエイティブ・ラーニング入門
付録 クリエイティブ・ラーニングを支援するパターン・ランゲージ
第1章 これからの時代に求められる教育
第2章 自ら学ぶ学級をつくる
第3章 認知科学から見た学びと創造性
第4章 創造的な学びをつくる
エピローグ
文献案内

物理学と神

物理学と神

池内 了 著
講談社学術文庫
2019年2月9日 発売中

試し読みコーナー

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かつて神の存在証明を果たそうとした自然科学は、その発展とともに神の不在を導き出した……というのは、本当だろうか? 現代物理学の描く世界からは、宇宙に最初の一撃を与え、サイコロ遊びに興じる至高の存在はいまだ消え去っていないのではないか? 古代ギリシアから近代科学の黎明、そして量子力学まで、「神という難問」に対峙し翻弄される科学の歴史を、名手が軽妙かつ深く語り切る。(引用)

第一章 神の名による神の追放
第二章 神への挑戦―悪魔の反抗
第三章 神と悪魔の間―パラドックス
第四章 神のサイコロ遊び
第五章 神は賭博師
第六章 神は退場を!―人間原理の宇宙論
第七章 神は細部に宿りたもう
第八章 神は老獪にして悪意を持たず

濃霧の中の方向感覚

濃霧の中の方向感覚

鷲田清一 著
晶文社
2019年2月1日 発売中


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危機の時代、先の見えない時代において、ほんとうに必要とされ、ほんとうに信じられる知性・教養とはなにか?それは、視界の悪い濃霧の中でも道を見失わずにいられる「方向感覚」のこと。複雑性の増大に耐えうる知的体力をもち、迷ってもそこに根を下ろしなおすことのできるたしかな言葉と出会う。社会、政治、文化、教育、震災などの領域において、臨床哲学者がみずからの方向感覚を研ぎ澄ませながら綴った思索の記録。(引用)

目次
まえがき
1 社会 Society
2 政治 Politics
3 文化 Culture
4 教育 Education
5 震災後のことば Literature After the Disaster
6 身辺雑記 Memories
対話の可能性──あとがきに代えて

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