9月 2018Archive

カント哲学の核心

カント哲学の核心

『プロレゴーメナ』から読み解く
御子柴 善之 著
2018年9月25日 発売中
NHK出版

カント哲学の核心

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主著『純粋理性批判』を書いたあと、周囲の無理解に悩まされたカントは自分でその要約版『プロレゴーメナ(序説)』を書いていた。懇切丁寧な解説で人気の高い著者が、要約版からカントの最も主張したかったことをクリアに取り出して提示する、目からウロコの入門書。(引用)

第一章 「序文」からカントの自負を読む
第二章 「緒言」からカントの問い方を読む
第三章 「数学」がどうして可能なのかを問うてみる
第四章 「自然科学」がどうして可能なのかを問うてみる
第五章 コペルニクス的転回の射程
第六章 独断論的な形而上学を批判する
第七章 理性の限界を見定める
第八章 カント自身の「答え」を確認する

カントの「悪」論

カントの「悪」論

中島 義道 著
2018年9月12日 発売中
講談社学術文庫

カントの「悪」論

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カント倫理学の中で「悪」はどのように扱われているのだろうか。カント倫理学にはアディアフォラ(道徳的に善くも悪くもない領域)が開かれていない。その倫理学に一貫しているのは徹底した「誠実性の原理」である。人間における快や幸福追求の普遍性と、その中心に「自己愛」があることを認めながら、そうした「幸福の原理」を従わせ、理性が道徳的善さの条件として命ずる「誠実性」とは何か。また、人間が悪へと向かう性癖と、根本悪、道徳的善さに至る前提としての「自由」とは。絶対的に普遍的な倫理学を確立しようと努力を惜しまなかったカントが洞察した善と悪の深層構造を探る。(引用)

第一章 自然本性としての自己愛
第二章 道徳法則と「誠実性の原理」
第三章 自由による因果性
第四章 悪への自由・悪からの自由

人工知能に哲学を教えたら

人工知能に哲学を教えたら

岡本 裕一朗 著
2018年9月6日
SBクリエイティブ

人工知能に哲学を教えたら

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AIロボット、ドローン、自動運転。シンギュラリティの恐怖も叫ばれる中、いよいよ活気づいてきた人工知能の世界。アメリカではすでにUberによるタクシーの自動運転が実践化されているという。しかし、AIが紛争に使われ、自動運転の事故の責任問題に決着がついていないなどモラルや倫理は追いついていない。我々人類は、人工知能を使いこなすことができるのか?
本書は、テクノロジー・ITまで領域横断的に研究を広げる哲学者の著者が【AI×哲学】の視点で、最先端の人工知能研究の大問題を哲学的に解き明かします。人工知能がもたらす〔危険な〕未来を知るための入門書であり、必読書の1冊。

■目次
第1章 AI VS正義 ――人工知能に倫理を教えられるか
第2章 AI VS脳 ――人工知能にとって「認知」とは何か?
第3章 AI vs芸術家 人工知能はアートを理解できるか?
第4章 AI vs恋愛 人工知能にとって幸福とは何か?
第5章 AI vs労働者 ロボットは仕事を奪うか?
第6章 AI vs宗教 人工知能は神を信じるか?
第7章 AI vs遺伝子 人工知能は人類を滅ぼすのか?

■項目
・自動運転車が抱えた大問題
・人工知能は善悪の判断ができるか?
・人間中心主義の終わり
・フレーム問題と倫理
・「これが犬だよ」(直示的定義)の難しさ
・ライプニッツの人工知能
・人工知能が美人投票の審査員になった! ?
・人工知能にとっての幸福とは?
・人間は人工知能の奴隷か、主人か?

明月堂書店 極北ラジオ 哲学するタネ

明月堂書店 極北ラジオ 哲学するタネ

明月堂書店 極北ラジオ

上のリンクより 明月堂書店 極北ラジオもよろしくお願いいたします。

『哲学するタネ』新刊書紹介から個別に記事に分けておこうと思います。

石浦昌之の哲学するタネ 01

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第1回 哲学とは?」

 

石浦昌之の哲学するタネ 02

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第2回 自然哲学」

 

石浦昌之の哲学するタネ 03

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第3回 ソクラテス」

 

石浦昌之の哲学するタネ 04

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第4回 プラトン」

 

石浦昌之の哲学するタネ 05

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第5回 アリストテレス」

 

石浦昌之の哲学するタネ 05

Note:「石浦昌之の哲学するタネ 第6回 近代とは何か・福沢諭吉(1)」

 

明月堂書店 極北ラジオもよろしくお願いいたします。

哲学するタネ-東洋思想編

哲学するタネ-東洋思想編

石浦昌之 著
明月堂書店

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哲学する基本知識を「タネ」と呼び、答えのない問いを問い続ける― 高校倫理教師の1年間の授業から東洋思想編を完全収録! ! 高校公民科「倫理」は哲学(西洋思想・日本思想)をメインとして、宗教学、心理学、社会学、比較文化論などを網羅した日本独自のユニークな科目である。しかしながら、進学校の一部にしか設置されていないため、その内容はあまり知られていない。 そこで、高校「倫理」の学習内容を軸として、混迷の時代にあって答えのない問いに答えを求め続ける「タネ蒔き」をしようじゃないかというのが本書の基本姿勢である。(引用)

1章 日本とは
2章 古代日本人の思想
3章  日本文化の特色
4章 日本の風土 日本人の美意識
5章 仏教の受容
6章 平安仏教(最澄、空海)
7章 鎌倉新仏教(1)(浄土信仰、法然、親鸞、一遍)
8章 鎌倉新仏教(2)(栄西)
9章 鎌倉新仏教(3)(道元、日蓮)
10章 近世日本の思想(1)(朱子学)
11章 近世日本の思想(2)(陽明学、古学派)
12章 近世日本の思想(3)(国学、神道)
13章 近世日本の思想(4)(民衆思想)
14章 近世日本の思想(5)(蘭学、和魂洋才、水戸学)
15章 福沢諭吉
16章 中江兆民、植木枝盛
17章 キリスト教
18章 近代文学(1)(ロマン主義、自然主義)
19章 近代文学(2)(森鷗外、夏目漱石、白樺派、宮沢賢治)
20章 社会主義
21章 国粋主義
22章 大正期の思想
23章 日本の独創的思想(和辻哲郎、西田幾多郎、九鬼周造)
24章 日本の民俗学(柳田国男、折口信夫、南方熊楠、柳宗悦)
25章 戦後日本の思想(丸山眞男、加藤周一、大江健三郎、坂口安吾、吉本隆明、村上春樹)
26章 バラモン教
27章 仏教(1)
28章 仏教(2)
29章 中国思想(1)(孔子)
30章 中国思想(2)(孟子、荀子、韓非子、墨子、その他の諸子百家)
31章 中国思想(3)(朱子・王陽明)
32章 中国思想(4)(老子・荘子)

カント批判-『純粋理性批判』の論理を問う

カント批判-『純粋理性批判』の論理を問う

冨田恭彦 著
2018年8月29日 発売中
勁草書房

カント批判-『純粋理性批判』の論理を問う

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ロックやバークリの研究者として、またローティの著作の翻訳者として知られる著者が、カント哲学の批判的な読解を試みる一連の仕事の完結篇。『純粋理性批判』におけるカントの超越論的観念論が、明証必然的な理論を標榜しつつも実は自然科学の知見を密かな基盤としていたことを明らかにし、時代の子としてのカントの実像に迫る。(引用)

第1章 「独断のまどろみ」からの不可解な「覚醒」──「唯一の原理」への奇妙な道筋
はじめに
1 カントの説明
2 ヒュームの議論
3 補説・『人間知性についての研究』の場合
4 カントの奇妙な対応(一)──ヒュームが最初から経験論者であったにもかかわらず
5 思考実験──もしも基になる印象が見つかったとしたら、カントはどうするつもりだったのか
6 カントの奇妙な対応(二)──「関係の観念」は印象や感覚ではありえないにもかかわらず
7 関係の観念の特殊性──ロック・バークリ・ヒューム
8 「唯一の原理」への道

第2章 ロックの反生得説とカントの胚芽生得説──カントが言うほどカントとロックは違うのか?
はじめに
1 カントのロック評──私はロックとはこのように違う
2 なぜ経験由来であってはならないのか──必然性の問題
3 ロックの反生得説
4 「機会」・「胚芽」・「素質」
5 ロックの実際の議論(一)──カントが言うのとは違っている
6 ロックの実際の議論(二)──「単一性」の観念の場合
7 ロックの実際の議論(三)──狭義における「実体」観念の場合
8 カント自身の反生得説
9 人間に固有のものなのか?
10 「胚芽」と「素質」・再考──人類学主義
11 ロックの「規約主義」

第3章 カントはロックとヒュームを超えられたのか?──アプリオリ化の実像
はじめに
1 ヒュームによるロックのなぞり
2 「図式」論──カントはロックやヒュームを乗り越えてはいない
3 知覚判断と経験判断
4 カント説のもう一つの謎──必然性をめぐる循環
5 自然科学を基盤とした形而上学

第4章 そもそも「演繹」は必要だったのか?──自身の「経験」概念の絶対化
はじめに
1 客観的演繹と主観的演繹
2 客観的演繹の要
3 カント自身の「経験」理解が基盤となって
4 カントの議論の実際
5 カントの立論の論理構造
6 純粋知性概念(カテゴリー)の導出・再考
7 カントの循環

第5章 判断とカテゴリーの恣意的な扱い──カントの隠れ自然主義
はじめに
1 「判断の量」と「量のカテゴリー」
2 「判断の質」と「質のカテゴリー」
3 論理のすり替え
4 「図式」論におけるカントの説明
5 「直観の公理」
6 「直観」と「感覚」の区別
7 「知覚の予想」
8 ロックと比較して
9 今日の自然科学においては
10 古代ギリシャ以来の伝統
11 伝統的論理学の視点の不当な使用
12 「判断の関係」と「関係のカテゴリー」
13 原則と自然科学の原理の深い関係
14 カントの隠れ自然主義再説
15 カントの循環再説──何のための「演繹」か?

第6章 空間の観念化とその代償──議論の浅さとその不整合の意味するもの
はじめに
1 「空間について」──「形而上学的究明」と「超越論的究明」
2 序にあたる部分──「外的感官」と「内的感官」
3 「空間について」──本論の基本的議論
4 第二版での「形而上学的究明」と「超越論的究明」
5 幾何学の可能性
6 「多様なもの」とその「結合」
7 ロックの場合(一)──観念の複合化と知識
8 ロックの場合(二)──単純観念と識別
9 空間中の対象と、多様なもの
10 モリニュー問題から
11 空間再考、そして、残された問題